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福岡高等裁判所 昭和39年(ラ)43号 決定 1964年3月26日

理由

一  抗告の趣旨及び理由は別記のとおり

二  当裁判所の判断。

(一)  記録によると、つぎの事実が認められる。

抗告人は福岡県飯塚市大字飯塚字新地一、一七一番三八、宅地七坪二合二勺(以下甲と略称する)及び同地上の家屋番号第九五番八、木造瓦葺二階建居宅一棟、床面積一階四坪三合四勺二階四坪三合四勺(以下乙と略称する)の不動産を所有しているが、右両不動産はいずれもつぎのように共同担保となつている。すなわち、1、昭和三七年二月七日債務者件外飯野勇造の債務を担保するため、抗告人が物上保証人となり、飯塚地区質屋協同組合のために債権元本極度額金六〇万円の根抵当権が設定され、即日その登記を終え、元本を六〇万円とする債権が現存し、2、抗告人が昭和三七年二月九日本田マツエから借用した金四五、〇〇〇円の債務を担保するため、翌日一〇日その抵当権設定登記を了し、3、抗告人が昭和三七年六月一三日本件競売申立人である有限会社山一商事との間に締結した継続的金融取引に基づく債権元本極度額金一〇万円の根抵当権設定契約に因り即日その旨の登記をなし、4、抗告人が昭和三八年八月二四日合資会社丸栄商事との間に締結した継続的金融取引契約に基づく債権元本極度額金二五万円の根抵当権設定契約に因り同月二九日その旨の登記を了しているが、右4の根抵当権によつて担保される現実の債権額は明らかでない。

しかして右3の根抵当権者である有限会社山一商事は、昭和三八年一一月一八日原裁判所に対し、元金一〇万円及びこれに対する昭和三八年三月三一日以降年三割六分の遅延利息債権を有するとして、甲乙両不動産に対し抵当権実行のための競売を申立て、競売手続進行中、右1の根抵当権者である飯塚地区質屋協同組合は元金六〇万円及びこれに対する昭和三八年一月二五日以降年三割六分の遅延損害金債権を有するとして、昭和三八年一一月一一日原裁判所に対し、自己の有する抵当権の満足を求めるため、甲乙両不動産に対し競売を申立てたので、原裁判所はこれを第一の競売記録に添付したので民訴第六四五条第二項の効力を生じたところ(このことは抗告人の自認するところである)、昭和三九年二月六日の競売期日において、乙不動産のみは、宋正子が金三〇五、一〇〇円をもつて最高競買の申込みをなしたので、原裁判所は同年同月一一日の競落期日において、同価額をもつて同人に乙不動産の競落を許す決定を言渡したこと、これより先福岡県飯塚財務事務所長は、昭和三八年一一月一日原裁判所に対し、国税徴収法第八二条第一項の規定の例により福岡県税の交付要求をなし、その税の一部は、前示飯塚地区質屋協同組合の根抵当権に優先するものであること。

以上の事実を認めることができる。

(二)  論旨第一点について。

(1)  抗告人は前示1の一番根抵当権の債務者である飯野勇造に対して、不動産競売手続開始決定の送達がないので、同開始決定による差押えの効力を生ぜず、従つて差押えの効力がないのに競売手続を続行し競落許可決定を言渡したのは違法であると主張するが(抗告理由第一点の五ないし八参照)、競売法第二五条第二項第二四条第二項第一号第二七条第三項第二号、民訴第六四四条第三項の債務者とは、これを抵当権に基づく競売手続について言えば、競売申立の基磯となつた当該抵当権の抵当債務者を言い、競売申立抵当権に優先する先順位ないし劣後する後順位の抵当権の抵当債務者をいうのではない。このことは、右第二五条第二四条第二七条、民訴第六四四条第三項の規定の解釈上明白である。もつともある抵当権、例えば後順位抵当権に基く競売は、先順位抵当権の実行たる効力を有するけれども、このことはなんら前示の解釈を妨げるものではないし、飯塚地区質屋協同組合が、たまたま第二の競売申立をなしたからといつて、右の結論に消長をきたすものではない。したがつて原裁判所が前示(一)の3の有限会社山一商事の申立てた競売事件の不動産競売手続開始決定に、同事件の債務者でない飯野勇造を債務者として記載せず、また同開始決定を同人に送達せず、競売期日を同人に通知しなかつたのは、もとより、そのところである。民訴第六四五条第一項は所有者と債務者とが異る場合は準用がないと言い、その他原審の手続を違法とする所論は独自の見解で採用しがたい。

(2)  福岡県財務事務所長が国税徴収法第八二条第一項の規定の例により、原裁判所に対し福岡県税の交付要求をなしたのは、民訴第六五四条の催告に対応してなしたものであるが、右の交付要求債権者は競売法第二七条第三項各号所定の利害関係人のいずれにも当らないので、原裁判所が福岡県飯塚財務所長に競売期日の通知をしなかつたのは当然である。加之、自己に対して競売期日の通知がないということは、競売法第三二条民訴第六七二条第一号第六八一条第二項により競落許可決定に対する不服理由となるけれども、他人に対して競売期日の通知がなかつたということは、競売許可決定に対する適法な抗告理由とならないことは、民訴第六七三条第六八二条第三項の規定上明白であるから、他人である前示飯野勇造、福岡県飯塚財務事務所長に競売期日の通知がないことを違法とする所論は、この点からも理由がない。

(三)  論旨第二点について。

抵当権者は抵当権の実行として抵当不動産を競売する権利を有し、この権利は自己に優先する抵当権が存在するからといつて、その行使を妨げられることはない。抵当不動産を競売し、優先抵当権者に弁済すれば剰余がなく、自己の交付を受くべき競売代金が皆無となる場合でも、抵当権の実行をなす利益がないとはいえない場合もある(民法第三九二条第二項参照)。ある抵当権の実行としての競売は同抵当権に優先し、ないし劣後する抵当権が存在する場合は、これらすべての抵当権の実行たる効力を有し、競売裁判所は、すべての抵当権者のために競売を実施するものといえるので、先順位抵当権者に弁済すれば競売代金をもつてしては競売申立抵当権者に交付さるべき配当がない場合においても、競売手続を取消すことなく、競売を続行しなければならない。したがつて一般債権者の強制執行に関して規定された民訴第六五六条の規定は最低競売価格が競売費用にも満たずして、競売が申立抵当権者になんら利益をもたらさないような例外の場合を除いて抵当権実行のためにする競売手続には準用がないといわなければならない。この結論は大審院以来の確定判例である。所論はこれと異なり独自の見解を主張するもので採用しがたい。

(四)  その他原決定に違法はない。

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